The Wake

1875年から1912年までの40年間に人類学者兼写真家であるフランク・ギレンとボールドウィン・スペンサーが行ったアボリジニーの生活記録は、最も影響力のある資料の1つとして知られています。2014年の5月から6月にかけて、私はオーストラリア中央部で、彼らによるこの著名な写真作品の要素を創造的に再演する取り組みを行いました。
私は彼らの主要な作品を再検討し、これを私たちが「他者」をどう捉え、表現しているかについての現代的な対話への出発点にしたいと考えました。それは、ギレンらのやや時代遅れの進化論的見地を批評したかったから、というよりも、私の写真に、私自身が「他者」に関するステレオタイプな見方と思っていた要素が、はっきり表れているという、不快な事実に気付いたことがきっかけでした。
メルボルンのビクトリア美術館に保管されている、スペンサーとギレンのアーカイブを調査し、それから写真を持って現地に向かいました。この時私が選んだ写真は、人物写真、遺跡、風景という3種類の形態のものでした。これらの写真をもとに、スペンサーとギレンを魅きつけた人々の子孫を、広く私の写真に引き込む取り組みを開始しました。アーカイブから得た写真は、新たなイメージを作り出す際のテンプレートとなりました。私は、中央砂漠の住民と共に、これらのイメージが最初に生まれた場所でこの古いイメージを創造的に再現して、そこに映る人々に、自らの考えや捉え方をこの過程の中で表現してもらおうとしました。
この当初のアーカイブ作品から、そして写真に引き込むという後の取り組みの中から生まれたメインテーマの1つが、「喪」でした。特に、アボリジニーの言う「痛ましい仕事」の中で表現されているものを捉えようとしました。スペンサーとギレンが撮影した写真で、女性たち、集団、そして各人物が、喪の慣行に従事している様子から、やがて私が協力するようになったアボリジニーたちの最も直接的で複雑な反応を思い起こしました。「喪」というのは、今日のオーストラリアにおけるアボリジニーの惨めな生活のメタファーとして、極めて適切なテーマでした。アボリジニーの平均寿命は、他のオーストラリア人より20歳くらい低いため、死をめぐる儀式や慣行はオーストラリア・アボリジニーの日常生活におけるあらゆる面に織り込まれています。古い写真を調べ、それについての話を聞く中で私が出会い、後に写真を撮らせてもらったある女性が、当時の、そして現在の「痛ましい仕事」の意味を説明してくれました。そして、この分析的な比較対照を通して、私は「喪」というテーマを現代のコンテクストの中で捉えたいと思うようになりました。アリススプリングズ郊外の居住地アモウンガナで共に取り組んだ「痛ましい仕事」の写真を再現した一連の作品に、「通夜」というタイトルを付けてはどうかと提案してくれたのも、この女性です。彼女は私の重要な情報源の1人でした。
ほぼ予想していた通り、私が対話相手と共に人物写真を再現して作り出したイメージは、奇妙で出来の悪いもの、審美眼的には「雑種」のようなものになりました。当初の写真を正確に映し出しているというよりも、それをゆがめたイメージが出来上がったのです。そしてこれを糸口として、新たな解釈が生まれていきました。そしてこれが元来の目的の1つでした。すなわち、イメージも、そしてそれを作る過程も対話プロセスの一部分なのです。私は対話相手と共に当初のアーカイブ資料を使って、この取り組みを進めました。方法論的に言えば、当初の写真は、現地での対話と参加を促す具体的な活動に不可欠な媒体であり、新しい写真の作成は対話相手を刺激し実際に関与させるための手段でした。
他の写真家のやり方とは異なり、私は写真を「良いイメージ」を作り出すだけではなく、会話のきっかけ作るための手段、協働と即興の手段としたかったのです。そして究極的には、アーカイブと現場、そして私と対話相手とがダイナミックに交差する中で、質的な知識を生み出したいと願っていました。私が最終的に創出したかったのは、カメラの前の人々を招き入れ、そこで彼らが自らを演じる(あるいは私の空想だけでなく彼ら自身の空想の世界を演じる)ことができるような空間です。そこでは彼らは自らを現代版のアーキタイプ、あるいはステレオタイプにさえすることができます。実際にそこで生じたのは、ドラマチックな対話の瞬間、かすかに手を振る身振り、相反する感情が入り混じった眼差し、そして即興や偶然の一致といった、予測不可能な出来事でした。私がそれに気づいたのは、後で当初の写真と再現写真を比較して編集作業を行っているときでした。
2015年4月~6月にブラジルのアマゾンで、そして2015年10月にシベリア極東部で行う、アーカイブ写真の再現による比較制作が終了したら取り組みたいと思っているのは、文化的批評のための「民族学的/美的」手法です。この手法は、実験と「誤解」が非常に重要なものであり、現代芸術と知識生産の有効な要素であることを認めてもらえるように、芸術と民族誌学を融合させるものです。そして最終的に完成させたいのは、3巻からなる出版物です。これには、一連の人類学的エッセイ、ビデオ作品のコレクションといった、3回の旅行で集めた資料が含まれます。2015年8月、ランツクルーナフォトフェスティバルで、この作品は海外で初公開されることになります。 このプロジェクトは、スイスの写真家J・H・エングストロムの指導の下での、アトリエ・スメドビーの事業の一環であり、またオルフス大学の「文化的批評としてのカメラ」(デンマーク研究委員会賞)研究プロジェクトの一環として行っているものです。

 

写真家について
1980年3月20日生まれ。写真家、映画製作者、人類学者として、主として参加型観察と密接な協働を中心とする私的プロジェクトに長期的に取り組む。
ドキュメンタリーと芸術、社会学の接点を探る中で、アフガニスタン (2003 & 2004), オーストラリア (1999, 2000 & 2001), ブラジル (2005, 2015), ミャンマー (2006), 中国 (2006 & 2008), グリーンランド (2009), コソボ (2006), マリ (2001 & 2006), モーリタニア (2001, 2004, 2006, 2009-2010, 2011, 2012 & 2014), ロシア (2011, 2015)、セネガル (2001, 2006 & 2011), シエラレオネ (2009), 南アフリカ (2006, 2007, 2008, 2009 & 2011) といった国々で、またヨーロッパ全土において、映画監督、ジャーナリスト、写真家、人類学者、歴史学者、芸術家など、幅広い分野の専門家と協力しています。
クリスチャン・ヴィウムは「通夜」シリーズの作品でフォーム・タレント2015に選ばれました。その作品は、サンタフェセンター審査員賞(2013)、アンソロポグラフィア人権部門最優秀賞(2011)、王立人類学会バジル・ライト映画賞(2011)、国際映画賞ディーパー・パースペクティブ・アワード第2位(2009)、PDNフォトアニュアルのキャノンエクスプローラー・オブ・ライト・アワード(2008)、パリ学生コンテストのグランプリ(2007)をはじめ、数々の賞を受けています。
彼の作品は、アテネ、オースティン、ベルリン、ケープタウン、コペンハーゲン、ジュネーブ、ロンドン、モスクワ、ニューヨーク、ノードフェルト、ストックホルム、台湾における展覧会や上映会で公開されています。
デンマークのオフルスを拠点として活動し、現在は博士課程修了研究者として、「文化的批評としてのカメラ」研究プロジェクトの中で視覚人類学に取り組んでいます。社会人類学博士課程(2013)、社会人類学修士課程(2009)、人権と民主化における欧州修士課程(EMA)(2007)をそれぞれ修了しています。
ウェブサイト: www.christianvium.com

 

 

 

 

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